母語から生まれる物語

都市で生きる言葉:故郷を離れて見つめ直す母語の価値

Tags: 母語, 故郷, 都市生活, アイデンティティ, インタビュー

都会の喧騒の中で、故郷の言葉を想う

多くの人が故郷を離れ、都市で暮らす時代となりました。生まれ育った土地から離れることは、環境だけでなく、自身の言葉との向き合い方にも変化をもたらすことがあります。ここでは、ある少数言語を母語とする方が、都会での暮らしの中でどのように言葉と関わり、その価値を見つめ直してきたのか、その声に耳を傾けていきます。

故郷を離れて、言葉が遠のく

お話を伺ったのは、Aさん。故郷を離れて十年以上、都市部で暮らしていらっしゃいます。故郷では当たり前のように話されていた母語も、都会では使う機会がほとんどなくなったといいます。

「都会に出てきて、最初は標準語を使うことに必死でした。仕事でも、日常でも。故郷の言葉を話す相手は家族くらいでしたし、電話で話す時も、相手が故郷にいない親戚だと標準語で話す方がスムーズなこともありました。段々と、母語で考えること自体が少なくなったように感じていました」

言葉は、単なるコミュニケーションの道具ではありません。思考の枠組みを作り、感情の機微を表現する大切な要素です。使う機会が減るにつれて、Aさんは自身の内面にも変化を感じていたのかもしれません。故郷の言葉でしか表現できないニュアンスや、感情が薄れていくような感覚があったといいます。

ある日、気づかされた言葉の重み

そんなAさんが、改めて母語の価値を意識するようになったのは、故郷の母親と電話で話していた時のことでした。

「母は標準語も話せますが、やはり母語で話す時が一番自然で、表情も柔らかくなるんです。その日、母語でしか伝えられない昔の話をしてくれて、それがすごく心に響いたんです。標準語で聞いても理解はできますが、母語の響きに乗せられた時の、温かさというか、深みというか。ああ、この言葉は私と母、そして故郷を繋ぐものなんだ、と感じたんです」

この経験から、Aさんは意識的に母語を使う時間を設けるようになりました。故郷の家族と話す時はもちろん、同郷の知人との交流も大切にするようになったそうです。また、故郷の民話や歌を母語で聴いたり、地域のお祭りの映像を見たりする中で、言葉と文化が分かちがたく結びついていることを再認識したといいます。

都会で言葉を育むということ

都会での暮らしの中で母語を維持していくことは、容易なことではありません。しかし、Aさんは「完全に失いたくない」という強い思いを持っています。

「子どもには故郷の言葉を教えてあげたいと思っています。私が経験したように、都会で育つと触れる機会が少ないですから。たとえ流暢に話せなくても、故郷の言葉の音やリズムを知っているだけで、故郷や自分のルーツに対する感覚が変わると思うんです。言葉は、過去から未来へ、私たちを繋いでくれるバトンのようなものだと感じています」

都会の暮らしの中でも、故郷の言葉はAさんの心の中で静かに、しかし確かに息づいています。それは、故郷との繋がりであり、自身のアイデンティティの一部でもあります。言葉を意識的に使い、文化と共に慈しむその姿勢は、故郷を離れて暮らす多くの人々にとって、共感を呼ぶのではないでしょうか。言葉を通して、私たちは自分自身と、そして故郷と繋がり続けていくことができます。