言葉は静かになっても、祭りの準備が語る故郷の知恵
祭りとともに生きる故郷、静かになった言葉の風景
「私の故郷では、祭りは特別な日というより、暮らしの一部でした」。そう語ってくださったのは、この地域で生まれ育ち、今も祭りの継承に携わる山本さんです。幼い頃の山本さんにとって、祭りは賑やかな当日だけでなく、そのずっと前から始まる「準備」の時間そのものでした。そして、その準備の場にはいつも、故郷の言葉が響いていたといいます。
祭りの準備に息づいていた、母語の響き
山本さんの故郷で受け継がれる祭りは、飾りつけ一つ、供え物一つにも細やかな作法や意味合いがあります。かつて、それらの準備は地域の女性たちが集まって行われていました。
「祖母や母の世代は、当たり前のように故郷の言葉で話していました。餅米のつき方、飾りの結び方、それぞれに『こうするといいよ』『これはこういう意味があるんだよ』と、自然と教えてくれたんです」。
指示や解説だけでなく、世間話や笑い声も故郷の言葉でした。子どもたちは、その音を聞きながら、言葉の意味が完全に分からなくても、準備の楽しさや祭りの大切さを肌で感じ取っていたといいます。言葉は、単なる伝達の手段ではなく、世代や地域の人々を結びつける温かい絆のようなものだったのです。
言葉が薄れても受け継がれる「型」
しかし、時代の流れとともに、山本さんの世代は家庭や地域で母語を話す機会が減っていきました。学校教育は標準語で行われ、若い世代の間では故郷の言葉が日常的に使われることは少なくなっていったのです。山本さん自身も、耳で聞き取ることはできても、流暢に話すことは難しくなりました。
「祭りの準備も、以前ほど言葉が飛び交うことはなくなりましたね。若い人たちに教える時も、標準語で説明することがほとんどです」。
それでも、祭りの伝統は途絶えていません。言葉が静かになった一方で、受け継がれているものがあるからです。それは、長年の経験に裏打ちされた「型」であり、共に作業する人々の間で共有される「空気感」です。
「例えば、ある飾りつけの結び方。言葉で説明するより、実際にやって見せた方が早いし、伝わるんです。手の動き、使う道具、材料の選び方…それら全てに、かつて言葉で伝えられていた知恵が宿っているように感じます」。
文字に残されていない細かなコツや、その年の天候に合わせた材料の加減なども、言葉ではなく、共に作業する中で自然と体に染み込ませていくのだといいます。そこには、論理的な説明だけでは捉えきれない、感覚的な知恵の受け継がれ方があります。
祭りという営みが結ぶ、過去と現在
言葉が薄れていくことを寂しく感じる一方で、山本さんは祭りを継ぐことの意義を強く感じています。祭りの準備に携わることは、単に伝統行事を続けるだけでなく、祖父母や両親が大切にしてきた価値観や、地域の人々とのつながりを再確認する時間だからです。
「言葉は十分に話せなくても、祭りの準備をしていると、子どもの頃に祖母たちの声を聞きながらお手伝いした記憶が蘇ります。あの時の楽しかった気持ちや、厳かな雰囲気、土の匂い…五感が、言葉の代わりに多くのことを思い出させてくれるんです」。
祭りの当日、打ち鳴らされる太鼓の音、人々のざわめき、立ち込める焚き火の煙。それら一つ一つが、かつて母語が響いていた頃の故郷の風景と重なります。言葉は静かになったかもしれませんが、祭りという営みそのものが、過去から現在へ、そして未来へと続く見えない物語を語り続けているのです。
未来へ繋ぐ願い
山本さんは、若い世代にも祭りの準備に積極的に参加してほしいと願っています。たとえ故郷の言葉が分からなくても、一緒に手を動かし、地域の大人たちと時間を共有することで、言葉だけではない、故郷の文化や知恵、そしてそこに宿る人々の思いを感じ取ってほしいと考えているからです。
「言葉は変わっても、この土地で大切にされてきたものが、形を変えてでも伝わっていくと信じています。祭りは、そのための大切な場なんです」。
故郷の祭りの準備は、言葉の力を再認識させると同時に、言葉に依存しない文化継承のあり方を示唆しているようです。静かになった言葉の代わりに、手仕事や shared experience(共有された経験)が、確かな知恵と人々の心をつないでいく。山本さんの穏やかな語り口からは、祭りを通して故郷と向き合い、未来へ繋げようとする強い思いが伝わってきました。