母語から生まれる物語

語り継ぐ、未来へ:消えゆく言葉を家族で守る

Tags: 少数言語, 言語継承, 家族, 文化, アイデンティティ

静かになる故郷の言葉と、ある家族の決意

私たちが訪ねたのは、日本のとある地域にルーツを持つAさん(50代)のご家族です。Aさんの故郷では、かつては多くの人が日常的に〇〇語という言葉を話していました。しかし、時代の変化とともに若い世代は標準語を使い始め、今では〇〇語を流暢に話せる人は限られています。Aさん自身も、子供の頃は親が話すのを聞いていましたが、学校や社会では標準語を使うことが主になり、簡単な挨拶や身内の間で使う言葉以外は難しくなってしまったと言います。

そして、Aさんの20代になるお子さんは、残念ながら〇〇語をほとんど話せません。Aさんは、故郷に帰省するたびに、静かになっていく〇〇語の響きに、どこか寂しさを感じていたそうです。故郷の祭りや集まりで年配の方々が〇〇語で話しているのを聞くと、その言葉の持つ温かさや、言葉に込められた人々の感情が、自分の知らないところで流れているように感じられたと言います。

言葉のバトンを、孫へ

そんなAさんの中で、「このままではいけない」という思いが強くなったのは、お孫さんが生まれた時のことでした。「孫には、せめて故郷の言葉の音だけでも聞かせたい。言葉を通して、私たちが大切にしてきた故郷の文化や、家族の繋がりを感じてほしい」。そう考えたAさんは、お孫さんに〇〇語を伝えるための小さな試みを始めました。

まずは、故郷に伝わる歌や子守唄をお孫さんに聞かせてみることでした。メロディーに合わせて、知っている〇〇語の単語や短いフレーズをゆっくりと口ずさみます。お孫さんはまだ小さく、言葉の意味は理解できませんが、Aさんの声の響きや、歌のリズムに心地よさそうに耳を傾けてくれたそうです。

難しい挑戦と、そこから見えてくるもの

しかし、言葉を「教える」ことは、歌を聞かせることとは違い、簡単ではありませんでした。お孫さんが成長し、言葉を覚え始める年齢になると、標準語が中心の生活の中で、〇〇語に触れる機会は限られます。Aさんが頑張って単語を教えても、お孫さんはすぐに忘れてしまったり、興味を示さなかったりすることもありました。「なんで、じいじばあばだけ違う言葉で話すの?」と聞かれたこともあったそうです。

Aさんは、言葉を無理強いすることはしたくないと考えています。大切なのは、言葉そのものを完璧に話せるようになることだけではないと感じ始めたと言います。「言葉を教えるというより、言葉を通して故郷の話をする時間を持つことの方が大切かもしれない」。そう気づいたAさんは、お孫さんと一緒に故郷の風景写真を眺めながら、そこに映る植物や動物の名前を〇〇語で言ってみたり、昔の暮らしについて〇〇語を交えながら話したりするようになりました。

例えば、故郷の山でよく見かけるある鳥の名前。標準語では一般的な名前がありますが、〇〇語にはその鳥の鳴き声に由来する、独特の名前があるそうです。Aさんはお孫さんに、その鳥の名前を〇〇語で教えるだけでなく、「昔からこの鳥が鳴くと、こういう天気になると言われていたんだよ」「おばあちゃんが子供の頃はね…」と、言葉にまつわる思い出や、故郷の人々の暮らしの知恵を語って聞かせます。

言葉が繋ぐ、目に見えない大切なもの

お孫さんが〇〇語を流暢に話せるようになるかは分かりません。Aさんもそれは望んでいないと言います。しかし、故郷の言葉の音を聞き、それにまつわる話を聞くことで、お孫さんの中に故郷の風景や文化への関心が芽生え、自分たちのルーツに繋がる何かを感じ取ってほしいと願っています。

言葉は単なるコミュニケーションの道具ではありません。そこには、その土地の人々が培ってきた知恵、自然との関わり方、感情の表現、そして何世代にもわたって受け継がれてきた記憶が宿っています。〇〇語という言葉が静かになっていく中でも、Aさんのご家族は、言葉を通して故郷と繋がり、その大切な何かを次の世代に伝えようとしています。

完璧な形ではなくても、断片的な言葉や、言葉にまつわる温かい思い出は、きっと家族の絆を深め、お孫さんの心の中に故郷の豊かな文化の種を蒔くことでしょう。この家族の挑戦は、「母語」というものが、いかに私たちのアイデンティティや家族の繋がりにとって、かけがえのないものであるかを静かに語りかけているように感じられます。